熊本家庭裁判所玉名支部 昭和41年(家イ)8号 審判 1966年4月18日
申立人 白井正男(仮名)
相手方 永田幸子(仮名)
主文
申立人と相手方との婚姻予約を解消する。
相手方は申立人に対し、慰藉料として金二〇万円を、内金一〇万円を昭和四一年四月二〇日までに、内金五万円を同年八月二〇日までに、内金五万円を同年一一月二〇日までに、熊本家庭裁判所玉名支部に寄託して支払え。
理由
本件申立の要旨は、申立人と相手方とは昭和四〇年一一月二三日結婚式を挙げ(未だ婚姻届は提出していない)て同年二五日、申立人の勤務地である大阪市所在の新居(申立人住所)に落着いたところ、同月三〇日相手方の実家(熊本県玉名郡○○町大字○○三四五番地永田辰吉方)から相手方宛同人の母病気のため直ぐ帰えれという趣旨の電報が届いたので、申立人も早速相手方を同夜の汽車で右実家に帰宅させた。
しかるところ、その後一週間余を経過しても、相手方から何らの音沙汰がなかつたので、申立人も心配して媒妁人の上田利男宛事情問い合わせの書信を出したところ、同人から申立人の父を通じての返信により相手方は、挙式時並びにその前後において、申立人に礼儀をわきまえぬ不作法な言動があり、これがいたく相手方親族の感情を害したとし、かつ相手方も申立人と性格的に到底和合できないので、右結婚(婚姻の予約)は解消して欲しい旨強く希望しているということが判明した。
しかして、その後申立人は相手方ならびに同人父母に対し過去の非礼を謝し、相手方の復帰を切に願う旨再三書信で懇請したが、相手方はこれに応じないので、相手方に対し申立人と同居し協力扶助し合うよう調停を求めるというにある。
しかるところ、申立人は勤務先の仕事の都合等を理由に本件調停期日に一回も出頭せず、相手方も右調停の経過に徴すると、申立人の性格や生活態度に悉皆失望し、強い嫌悪感を示しておつて、今後夫婦として同居を期待することは殆んど不可能に近いものと認められた。
しかして、次善の措置として試みられた内縁関係(婚姻予約)の円満解消の話し合いにおいては、申立人もその父白井吉郎を代理人として、主文第二項同旨の反対給付(慰藉料二〇万円の支払)を条件として、これを承諾する旨の意思を表示し、かつ申立人自筆の承諾書なる書面を右白井吉郎を介して提出し、相手方も該内縁関係の解消を条件に右給付(慰藉料二〇万円の支払)の履行を約した。
しかし、婚姻予約就中本件のような準婚的法律関係の解消というがごとき事項はいわゆる形成的身分行為に属するので、これにつき代理を認め得るか否かは多分に疑義が存し、むしろそれが当事者にとつて重要事であるのみならず、他人に影響することも大きく、いわゆる対世効を原則とする立前上、余人をもつて代替させることは相当でなく、原則として明文をもつて認められる場合を除き、代理の法理が働く余地はないものというべきである。
しかして、法律が身分行為の代理(代表)を明文をもつて認めたものとしては、財産関係身分行為として、親権者が子が財産に関する法律行為について子を代表する行為(民法第八二四条)、後見人が被後見人の財産に関する法律行為について被後見人を代表する行為(民法第八五九条第一項)等、また非財産関係身分行為として、夫婦共同の縁組において夫婦の一方が意思表示不能のため、他の一方が双方名義でする縁組行為(民法第七九六条)、法定代理人の代諾による未成年養子(一五歳未満)の縁組行為ならびに協議離縁行為(民法第七九七条、第八一一条第二項)、親権者による子の親権代行(民法第八三三条)、後見人による未成年者の親権代行(民法第八六七条第一項)、特別代理人による嫡出否認の訴の応訴代行(民法第七七五条)、法定代理人による一五歳未満の養子の離縁の訴の提起代行(民法第八一五条)等があるに過ぎないので、婚姻予約の解消が右いずれの場合にも該当しないことは明白である。
そうすると、本件婚姻予約の解消は、当事者間に客観的には異存がないものであるとしても、当事者(本人)の一方が期日に出頭しない以上、斯かる隔地者間の意思の合致をもつてしては、期日における合意の成立と認めることができないので、結局本件調停を成立させることのできないことは勿論である。
しかし、前叙のような調停の経過に、被審人白井吉郎に対する審問調書、申立人作成名義の承諾書と題する書面、相手方の申立人宛書信等を綜合すると、相手方はやや理想主義的で自尊心が高く、申立人に対し殆んど偏執的とさえ思われる不信感、嫌悪感を抱いておつて、向後申立人のところへ戻り、これと同居、協力、扶助の実を挙げるということは絶望に近い情況にあるということが看取され、一方申立人もやや礼節に欠け、情緒面においても些か粗雑なところの存することが窺われるが、新婚いくばくもなくして妻たる相手方に去られ、その復帰切願も空しく終つて一時は傷心状態にあつたものの、現在は相手方に対する未練の情なく、むしろ同人から慰藉料として前記金銭給付を受けることにより、本件婚姻予約を解消することに同意している事情が認められる。
そうすると、前記のように調停が成立しないものとして、本件を終局させ、あらためて訴訟手続により該予約の解除につき審理し解決するという迂遠の回路を辿るよりも、家事審判法第二四条に従い、当事者双方のため衡平に考慮し、本件に現われた一切の事情を斟酌した結果として、申立人と相手方との婚姻予約を解消させ、同時に相手方をして申立人に対し、慰籍料として金二〇万円を、内金一〇万円を昭和四一年四月二〇日迄に、内金五万円を同年八月二〇日迄に、内金五万円を同年一一月二〇日迄に、熊本家庭裁判所玉名支部に寄託して支払わせることとするのが相当の措置であると考える。
よつて、主文のとおり審判する。
(家事審判官 石川晴雄)